ニーラジャのイタリア瞑想リトリート記②

2018年7月

前回、イタリアに到着するまでのいざこざを書きました(;^_^A

 

イタリアは日差しは強いものの、日本みたいに湿気はなく、日陰は涼しく、夜は窓を閉めていないと冷えてくるような気候でした。
到着後、最初の3日間は時差ボケ解消も含め、午前中は観光、午後は瞑想と講話もしくはサットサン(みんなの前での質疑応答)という流れでした。

 


観光で行ったサンピエトロ大聖堂や

 


有名なコロッセオです。
どこも観光客で溢れていました。

観光を案内してくれたパオロさんは、強い日差しの中、僕らを案内してくれてとても親切心に溢れていました。

 

 

 

 

 

 

サットサンや講話に入る前に、今回僕が瞑想をする目的というか明らかにしたかったことを整理してみます。

 

よくバイオダイナミクスやエソテリックヒーリングのワークをしている時に、光を感じた、~~が見えた、などのような感想を言う方がいますが、それが僕にはどうにも理解できなかったのです。

 

「本当かよ?」という感じで無意識的に拒絶反応を示していました。

 

 

 

私自身は組織の変化や動き、熱(あたたかさ)は感じるものの、光や~~が見えたみたいな体験はなく、ただ何もない状態を感じていたからです。

 

 

そんな特別な何かを感じることがあるのだろうか。

ただ自分の頭で作り出して感じているだけではないのだろうか。

 

 

 

パパジの本を読むと一時的な体験は心の罠だということが書いてありました。

そこに共感を覚えました。

 

 

 

では、一時的な体験ではなく、永遠にあるものとは何なのだろうか。それを知りたくなりました。

 

 

 

僕の中で他者を批判するためという気持ちもあったかもしれません。他の人が感じていることに同調しえない自分がおかしいのだろうかという気持ちもありました。

 

そんな気持ちでニーラジャさんのサットサンに突入していきます。

最初の写真はパパジセンターで飼っている黒ラブのマドゥーとです。

③に続く

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