ニーラジャのイタリア瞑想リトリート記④

いよいよ僕自身がサットサンで質問をするタイミングが来ました。

 

 

僕が質問したのは
瞑想中で光や熱を感じる方がいて、実際に私も誘導瞑想の時に自分の身体の中から光が溢れて止まらないような感じの体験がありました。
しかし、それは一時的な体験であって本当の私ではないと教わりました。
本当の私とはいったい何なのでしょうか?それは瞑想が深まらないと分からないのでしょうか?

 

 

このようなことを質問したと思います。

 

 

 

 

その回答でたくさんの知識を教わりました。

 

瞑想の深まり方やその過程。

身体に熱を感じたり、光を感じたり、あるいは愛だったりあたたかさだったり、多くの表現で感じることがある。それは肉体自身の組織(細胞)が緩んだり、解放されたりして起こったりするがそれは本当のあなた自身ではないということ。

ニーラジャさん自身の体験の話。

ニーラジャさんが知る多くの聖者たちの話。

仏陀の話。

 

 

 

 

 

一通り説明を終えると、
ニーラジャさん「さて、そんな説明よりも私はあなたのことを知りたい。あなたは光が溢れて止まらないという体験をしましたが、それを感じているのは誰ですか?」

 

 

僕「私です。」

 

 

ニーラジャさん「良いですね。ではその私は今どこにいますか?」

 

 

僕「?、、、ここ?」

 

 

ニーラジャさん「ここ?というのはこの場所のことですか?それとも違う意味で言っていますか?」

 

 

僕「この場所のことです。」

 

 

ニーラジャさん「OK。あなたはとても賢いですね。」

 

 

ニーラジャさん「では、私とはいったい誰のことですか?」

 

 

僕「私??私は、、、私?」

 

 

ニーラジャさん「マインドを使わないで。私はあなたのマインドに話しかけていない。あなたの気付きに対して話しかけている、、、。私とはいったい誰のことですか?」

 

 

 

 

 

その瞬間、私自身の感覚がさっと遠のきました。

言葉はなくなり、私の周りに例えるなら暗い海のような実態のないものがじわじわと広がり、それがハートを通して感じられました。

その瞬間涙が出てきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なにを感じますか?」やさしくニーラジャさんは問いかけます。

 

 

「これは何?分からない。何もないんだけど。」私は泣きながら言いました。

 

 

ニーラジャさん「無理に言葉にしなくていい。それをゆっくり感じて。それがあなたです。」

 

 

 

 

 

 

 

 

私はただ泣くしかありませんでした。

あえて言葉で表現するなら、ずっとそばでいてくれていたのに気づかなくてごめんねという思い、
それからずっとこうしてそばにいてくれたんだねというありがとうという思い、
そんな感情が入り混じっていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、しばらくすると今度は笑いがこみ上げてきました。

 

 

 

 

なんて今まで些細なことに意固地になっていたんだろうと、
ばかばかしくなって、
そして、まさか自分がこんな状態になってしまうとは思わなくて、
大きな声で笑っていました。

 

 

 

 

気付いてみたら周りのお弟子さんや一緒に来た日本人の仲間も笑って、泣いているのです。

そこにはハートが通じ合った空間がありました。

 

次回に続く

写真は今回行った男性メンバーと現地での男性スタッフたちと(基本的に食事や宿泊は男女別々です。)

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